那智盤歩

アルセーヌ・ルパンシリーズについて書いていきます。

813連載版・単行本版(3種)比較その1「惨劇①」

813の連載版と単行本版(手持ちの3種)の比較記事です。

  • 「…」の有無、「!」「?」の違いは載せていません。
  • 微妙な言い回しの違いは原文併記していますが、文章自体が大きく異なる箇所は日本語訳のみを載せています。
  • 重要な違いだと判断した箇所は色をつけています。
  • 日本語訳はすべて拙訳です。

 

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1910年連載版(以下:連載版)
1910年初刊本(以下:1910年版)
1921年雑誌装二分冊(以下:1921年版)
1932年二分冊(以下:1932年版)

 

ではさっそく見てみましょう。
今回は第一章「惨劇」(連載版では「グランド・ホテルの惨劇」)その1になります。

 

連載版

「もしもし……こちらはケッセルバッハです、四一五号の……そうです……お嬢さん、警視庁の保安部をお願いできますか……番号なら分かります……少々お待ちを……ああ! あった……八二二の四八です……ではよろしく」

 一分後、彼はふたたび話し始めた。

八二二の四八ですか? 保安部長にお話があるのですがこちらはケッセルバッハです……もしもし? そうですよ、部長は何の話か知っています。部長の許可をもらって電話をしているのですから……おや! ヴァラングレーさんですって? ケッセルバッハです……昨日、四月十五日の月曜日にそちらにお邪魔した……ああ! 覚えておいででしたか……ええ、そうなんです。今日も同じことが起きましてね……私の泊まっている部屋に何者かが侵入しました……有能で信用の置ける刑事をひとり派遣していただけませんか。派遣してもいいとおっしゃっていましたよね。手がかりをもとに何か発見できるかもしれません……ええ、分かりました……グレル警部補が一時か二時に到着するのですね……ありがとうございます……四一五号室と告げるだけでいいとグレル警部補にお伝えください。重ねがさねありがとうございます、ヴァラングレーさん、それでは失礼いたします

 

1910年版・1921年

「もしもし……こちらはケッセルバッハです、四一五号の……そうです……お嬢さん、警視庁の保安部をお願いできますか……番号なら分かります……少々お待ちを……ああ! あった……八二二の四八です……ではよろしく」
 一分後、彼はふたたび話し始めた。
八二二の四八ですか? ルノルマン保安部長にお話があるのですが。こちらはケッセルバッハです……もしもし? そうですよ、部長は何の話か知っています。部長の許可をもらって電話をしているのですから……おや! いらっしゃらない? 電話口はどちら様ですか? グレル刑事……グレルさんと言えば昨日、ルノルマン氏と私の話し合いに同席していた……ああ、そうです、今日も同じことが起きましてね……私の泊まっている部屋に何者かが侵入しました。今から来てもらえるなら何か発見できるかもしれません、手がかりをもとに……一時間か二時間後ですね? 分かりました……四一五号室と告げるだけで大丈夫です。重ねがさねありがとうございます

 

1932年版

「もしもし……こちらはこちらはケッセルバッハです、四一五号の……そうです……お嬢さん、警視庁の保安部をお願いできますか……番号は分かるでしょう? ……ええ……ありがとう……ではよろしく」

 一分後、彼はふたたび話し始めた。

もしもし? もしもし? ルノルマン保安部長にお話があるのですが。こちらはケッセルバッハです……もしもし? そうですよ、部長は何の話か知っています。部長の許可をもらって電話をしているのですから……おや! いらっしゃらない? 電話口はどちら様ですか? グレル刑事……グレルさんと言えば昨日、ルノルマン氏と私の話し合いに同席していた……ああ! そうです、今日も同じことが起きましてね……私の泊まっている部屋に何者かが侵入しました。今から来てもらえるなら何か発見できるかもしれません、手がかりをもとに……一時間か二時間後ですね? 分かりました……四一五号室と告げるだけで大丈夫です。重ねがさねありがとうございます

 

 概要

  • 連載版のみ電話口の相手がヴァラングレー。単行本版ではグレルに変更となり、ルノルマン部長の不在が言及される。
  • 1932年版のみ警視庁の電話番号が削除。

 

連載版

パリ滞在中のルドルフ・ケッセルバッハ、ダイヤモンド王やケープの主とあだ名され、その資産は五億を超えるとも噂されている大富豪ルドルフ・ケッセルバッハは、一週間前からエリゼ・パレスの五階に宿泊していた。彼の住む四一五号室は三つの部屋からできており、サロンと主寝室になっている右側の広い二部屋は大通りを見晴らし、秘書のチャプマンに当てられた左側の部屋はガリレ通りに面している。さらに、現在はモンテ・カルロに滞在中であり、報せが届き次第、夫のもとへ向かう手はずになっているケッセルバッハ夫人のために予約された五部屋がチャプマンの寝室の隣に続いている。

(中略)

 彼は窓へ向かった。窓は閉まっていた。そもそもここからどうやって忍び込むことができるのだろうか? スイートルームを取り囲んだ専用バルコニーは右側に進めば行き止まりになっているし、左側に行けばガリレ通り側のバルコニーとの境界になっている石造りの壁に突き当たるのだ。彼は寝室へ入った。この部屋は隣の部屋のどれとも繋がっていなかった。彼は秘書の寝室へ入った。ケッセルバッハ夫人のために予約された五部屋と通じるドアは閉じており、さらに閂がかかっている。

 

1910年版・1921年版・1932年版

パリ滞在中のルドルフ・ケッセルバッハ、ダイヤモンド王やケープの主とあだ名され、その資産は一億を超えるとも噂されている大富豪ルドルフ・ケッセルバッハは、一週間前からパレス・ホテルの五階に宿泊していた。彼の住む四一五号室は三つの部屋からできており、サロンと主寝室になっている右側の広い二部屋は大通りを見晴らし、秘書のチャプマンに当てられた左側の部屋はジュデ通りに面している。さらに、現在はモンテ・カルロに滞在中であり、報せが届き次第、夫のもとへ向かう手はずになっているケッセルバッハ夫人のために予約された五部屋がチャプマンの寝室の隣に続いている。

(中略)

 彼は窓へ向かった。窓は閉まっていた。そもそもここからどうやって忍び込むことができるのだろうか? スイートルームを取り囲んだ専用バルコニーは右側に進めば行き止まりになっているし、左側に行けばジュデ通り側のバルコニーとの境界になっている石造りの壁に突き当たるのだ。彼は寝室へ入った。この部屋は隣の部屋のどれとも繋がっていなかった。彼は秘書の寝室へ入った。ケッセルバッハ夫人のために予約された五部屋と通じるドアは閉じており、さらに閂がかかっている。

 

 概要

  • 連載版「五億を越える」→単行本版「一億を越える」
  • 連載版「エリゼ・パレス」→単行本版「パレス・ホテル」
  • 連載版「ガリレ通り」→単行本版「ジュデ通り」

 

連載版

「制服は着ているな、エドワーズ? うん! いいぞ。今日は誰が来ても取り次がないでくれ、エドワーズ……そうでもないか、一件、グレル氏の訪問だけは取り次ぐこと。玄関の近くでドアを見張っていてくれ。(En attendant, restez dans le vestibule et surveillez la porte.)私とチャプマンは大事な仕事をするから」

 その大事な仕事は何分間か(quelques minutes)続いた。

 

1910年版・1921年版・1932年版

「制服は着ているな、エドワーズ? うん! いいぞ。今日は誰が来ても取り次がないでくれ、エドワーズ……そうでもないか、一件、グレル氏の訪問だけは取り次ぐこと。それまで、玄関の近くでドアを見張っていてくれ(D'ici là, restez dans le vestibule et surveillez la porte.)私とチャプマンは大事な仕事をするから」

 その大事な仕事はしばし(quelques instants)続いた。

 

連載版

「おそらくきみは笑うだろうね、チャプマン……そうだろうとも……きみのその態度をどうこう言うつもりはないさ。先日のケープへの旅以来、私は少し……おかしくなっているようだ……私の人生が新しいステージに来ていることをきみは知らないんだよ……並外れた計画なんだ……とてつもないものだなんだ……先行きが不透明だからまだ何も見通せないが、しかしそれでもはっきりしている……巨大なプロジェクトになる……ああ! チャプマン、きみには想像できないだろう……金、そんなもの。私は持っている……腐るほどね……つまりこの計画は金銭以上のものなんだよ、それは強さだ、力だ、権力だ。実際、私の予想どおりなら、私はケープの主というだけではなくなって、諸王国の主にもなるんだ……ああ、そうさ……諸王国の……ルドルフ・ケッセルバッハが、アウグスブルクの鋳物屋の息子が、今までこいつを見下していた奴らと肩を並べて歩くのさ……あいつらの上にも立てるんだ、チャプマン、あいつらの上に立つんだよ……絶対にそうなる……そして永遠に(Et à jamais……」

 

1910年版・1921年版・1932年版

「おそらくきみは笑うだろうね、チャプマン……そうだろうとも……きみのその態度をどうこう言うつもりはないさ。先日のケープへの旅以来、私は少し……おかしくなっているようだ……私の人生が新しいステージに来ていることをきみは知らないんだよ……並外れた計画なんだ……とてつもないものだなんだ……先行きが不透明だからまだ何も見通せないが、しかしそれでもはっきりしている……巨大なプロジェクトになる……ああ! チャプマン、きみには想像できないだろう……金、そんなもの。私は持っている……腐るほどね……つまりこの計画は金銭以上のものなんだよ、それは強さだ、力だ、権力だ。実際、私の予想どおりなら、私はケープの主というだけではなくなって、諸王国の主にもなるんだ……ルドルフ・ケッセルバッハが、アウグスブルクの鋳物屋の息子が、今までこいつを見下していた奴らと肩を並べて歩くのさ……あいつらの上にも立てるんだ、チャプマン、あいつらの上に立つんだよ……絶対にそうなる……そうすれば(et si jamais)……」

 

連載版

「分かってくれ、チャプマン。心配するだけの理由があるんだ……ここに、この頭の中に(ce cerveau)、貴重なアイディアがある……だけどどうやらこのアイディアを嗅ぎつけた者がいるようなんだ……そいつは私を狙っている(et l'on m'épie)……私はそう確信している……」

 

1910年版

「分かってくれ、チャプマン。心配するだけの理由があるんだ……ここに、この頭の中に(ce cerveau)、貴重なアイディアがある……だけどどうやらこのアイディアを嗅ぎつけた者がいるようなんだ……そいつは私を狙ってる(et on m'épie)……私はそう確信している……」

 

1921年版・1932年版

「分かってくれ、チャプマン。心配するだけの理由があるんだ……ここに、頭の中に(le cerveau)、貴重なアイディアがある……だけどどうやらこのアイディアを嗅ぎつけた者がいるようなんだ……そいつは私を狙ってる(et on m'épie)……私はそう確信している……」

 

連載版

「もしもし! ……どちらさまでしょう? 大佐? ……ああ! ええ! そうです、私です……進展はありましたか? ……なるほど……それではお待ちしています……部下を連れて来る?(vous viendrez avec un de vos hommes ?) 分かりました……もしもし! いいえ(Oui)、邪魔は入りませんとも……必要な指示を出すつもりです……きわめて重大なことなのですね? ……はっきりと申しつけておきますよ……秘書と従僕がドアを見張ります。ですから誰も入っては来ません……道はお分かりですか?……それなら急いでいらしてください……」

 

1910年版

「もしもし! ……どちらさまでしょう? 大佐? ……ああ! ええ! そうです、私です……進展はありましたか? ……なるほど……それではお待ちしています……部下を連れて来る?(vous viendrez avec un de vos hommes ?) 分かりました……もしもし! ええ(Non)、邪魔は入りませんとも……必要な指示を出すつもりです……きわめて重大なことなのですね? ……はっきりと申しつけておきますよ……秘書と従僕がドアを見張ります。ですから誰も入っては来ません……道はお分かりですか?……それなら急いでいらしてください……」

 

1921年版・1932年版

「もしもし! ……どちらさまでしょう? 大佐? ……ああ! ええ! そうです、私です……進展はありましたか? ……なるほど……それではお待ちしています……部下たちを連れて来る?(vous viendrez avec vos hommes ?) 分かりました……もしもし! ええ(Non)、邪魔は入りませんとも……必要な指示を出すつもりです……きわめて重大なことなのですね? ……はっきりと申しつけておきますよ……秘書と従僕がドアを見張ります。ですから誰も入っては来ません……道はお分かりですか?……それなら急いでいらしてください……」

 

連載版

「郵便物を片付けよう、チャプマン。十分はあるだろう。おや! 妻の手紙だ、どうして教えてくれなかったんだ、チャプマン?(Comment se fait-il que vous ne l'ayez pas signaléè, Chapman ?) 私の妻の筆跡を知らないわけでもないだろう?」

 

1910年版・1921年版。1932年版

「郵便物を片付けよう、チャプマン。十分はあるだろう。おや! 妻の手紙だ、どうして私に教えてくれなかったんだ、チャプマン?(Comment se fait-il que vous ne me l'ayez pas signaléè, Chapman ?) 私の妻の筆跡を知らないわけでもないだろう?」

 

連載版・1910年版

ほんの少しの眼差し、ほんの少しの香り、ほんの少しの秘めた思いをケッセルバッハ夫人が乗せ、手のひらで包んだはずのこの数枚の紙に触れ、見つめることで湧き出る感情をケッセルバッハ氏は隠さなかった。

 

1921年版・1932年版

ほんの少しの秘めた思いをケッセルバッハ夫人が乗せ、手のひらで包んだはずのこの数枚の紙に触れ、見つめることで湧き出る感情をケッセルバッハ氏は隠さなかった。

 

連載版

エドワーズ……チャプ……」

 彼は途中で口をつぐんだ。秘書と従僕が猿轡を噛ませられ、縛られ(ligotés)、横たわっている姿が、控えの間の隅に見えたのだ。

 

1910年版・1921年版・1932年版

エドワーズ……チャプ……」

 彼は途中で口をつぐんだ。秘書と従僕が猿轡を噛ませられ、紐でくくられ(ficelés)、横たわっている姿が、控えの間の隅に見えたのだ。

 

10

連載版

ルドルフ・ケッセルバッハは唖然として耳を傾けていた。この奇妙な男は何者なのだ? しかしながら、こうも穏やかでお喋りなその姿を見ているうちに、彼は少しずつ落ち着き、暴力も暴言もなしに決着がつくだろうと思い始めた。(Rudolf Kesselbach écoutait avec stupéfaction. Quel était cet étrange personnage ? À le voir si paisible cependant, et si loquace, il se rassurait peu à peu et commençait à croire que la situation pouvait se dénouer sans violence ni brutalité.

 彼はポケットから財布を出し(sortit)、相当な札束を提示しながら尋ねた。

 

1910年版・1921年

ルドルフ・ケッセルバッハは唖然として耳を傾けていた。この奇妙な男は何者なのだ? しかしながら、こうも穏やかでお喋りなその姿を見ているうちに、彼は少しずつ落ち着き、暴力も暴言もなしに決着がつくだろうと思い始めた。(Rudolf Kesselbach écoutait avec stupéfaction. Quel était cet étrange personnage ? À le voir si paisible cependant, et si loquace, il se rassurait peu à peu et commençait à croire que la situation pourrait se dénouer sans violence ni brutalité.

 彼はポケットから財布を出し(sortit)、相当な札束を提示しながら尋ねた。

 

1932年版

ルドルフ・ケッセルバッハは唖然として耳を傾けていた。この奇妙な男は何者なのだ? しかしながら、こうも穏やかでお喋りなその姿を見ているうちに、彼は少しずつ落ち着き、暴力も暴言もなしに決着がつくだろうと思い始めた。(Rudolf Kesselbach écoutait avec stupéfaction. Quel était cet étrange personnage ? À le voir si paisible cependant, et si loquace, il se rassurait peu à peu et commençait à croire que la situation pourrait se dénouer sans violence ni brutalité.

 彼はポケットから財布を取り出し(tira)、相当な札束を提示しながら尋ねた。

 

11

連載版

「私の訪問の目的に移りましょう。単刀直入に行きます。私は二つのものがほしい。まずモロッコ革の小さな黒い袋、これはいつもあなたが持っているものだ。次に、黒檀の小箱、昨日はまだその鞄(ce sac)にあったもの。順番に取り掛かりましょう、モロッコ革の袋は?」

 

1910年版・1921年版・1932年版

「私の訪問の目的に移りましょう。単刀直入に行きます。私は二つのものがほしい。まずモロッコ革の小さな黒い袋、これはいつもあなたが持っているものだ。次に、黒檀の小箱、昨日はまだこの鞄(le sac)にあったもの。順番に取り掛かりましょう、モロッコ革の袋は?」

 

12

連載版

男はケッセルバッハ氏の腕を容赦ない手つき(main)でひねった。

 

1910年版・1921年版・1932年版

男はケッセルバッハ氏の腕を容赦ないやり方(façon)でひねった。

 

13

連載版

マルコは探した。二十分後、彼は十六と三十と書かれたニッケル製のプレート付きの小さな鍵を首領に手渡した。

 

1910年版・1921年版・1932年版

マルコは探した。二十分後、彼は十六とと書かれたニッケル製のプレート付きの小さな鍵を首領に手渡した。

 

14

連載版・1910年版

「よろしい。モロッコの袋はないか?」

「ありませんでした、ボス」

「信用金庫の中だろう。ケッセルバッハさん、暗証番号をお教え願えませんか?(veuillez me dire le chiffre secret qui ouvre la serrure ?)

「嫌だ」

 

1921年版・1932年版

「よろしい。モロッコの袋はないか?」

「ありませんでした、ボス」

「信用金庫の中だろう。ケッセルバッハさん、番号をお教え願えませんか?(veuillez me dire le chiffre secret.)

「嫌だ」

 

15

連載版・1910年版

「ドロール……哀しみ……ケッセルバッハ夫人はドロレスというのではなかったかな? 可愛いお人だ……マルコ、打ち合わせどおりにやれ……間違えるなよ、いいかい? もう一度言うぞ……乗合馬車の待合所au bureau d'omnibus)ジェロームと合流したら、奴に鍵を渡し、《ドロール》が合い言葉だと教える(et lui diras le mot d'ordre: Dolor.)。そのあと一緒にリヨン銀行へ向かう。ジェロームだけが銀行へ入り、台帳に署名する。地下へ降りたら金庫の中にあるものをすべて持ち出す。大丈夫だろうな?(Compris, n'est-ce pas ?)

 

1921年

「ドロール……哀しみ……ケッセルバッハ夫人はドロレスというのではなかったかな? 可愛いお人だ……マルコ、打ち合わせどおりにやれ……間違えるなよ、いいかい? もう一度言うぞ……乗合馬車の待合所au bureau d'omnibus)ジェロームと合流したら、お前は奴に鍵を渡し、奴に《ドロール》が合い言葉だと教える(et tu lui diras le mot d'ordre: Dolor.)。そのあと一緒にリヨン銀行へ向かう。ジェロームだけが銀行へ入り、台帳に署名する。地下へ降りたら金庫の中にあるものをすべて持ち出す。大丈夫か?(Compris ?)

 

1932年版

「ドロール……哀しみ……ケッセルバッハ夫人はドロレスというのではなかったかな? 可愛いお人だ……マルコ、打ち合わせどおりにやれ……間違えるなよ、いいかい? もう一度言うぞ……例の待合所で(au bureau où tu saisジェロームと合流したら、奴に鍵を渡し、奴に《ドロール》が合い言葉だと教える(et tu lui diras le mot d'ordre: Dolor.)。そのあと一緒にリヨン銀行へ向かう。ジェロームだけが銀行へ入り、台帳に署名する。地下へ降りたら金庫の中にあるものをすべて持ち出す。大丈夫か?(Compris ?)

 

16

連載版

「黙りな、マルコ。リヨン銀行を出てジェロームと別れたら、自宅へ戻る。そうしたら俺に結果を電話する。もし万が一《ドロール》という単語で金庫が開かなければ、こちらで、ケッセルバッハくんと俺とで話し合うさ……最終的にはな(nous arons, mon ami Rudolf Kesselbach et moi, un entreien...suprême。ケッセルバッハ、もちろん嘘はついていないんだろう?」

 

1910年版・1921年

「黙りな、マルコ。リヨン銀行を出てジェロームと別れたら、自宅へ戻る。そうしたら俺に結果を電話する。もし万が一《ドロール》という単語で金庫が開かなければ、こちらで、ケッセルバッハくんと俺とで最終的に話し合うさ(nous arons, mon ami Rudolf Kesselbach et moi, un entreien suprême)。ケッセルバッハ、もちろん嘘はついていないんだろう?」

 

1932年版

「黙りな、マルコ。リヨン銀行を出てジェロームと別れたら、自宅へ戻る。そうしたら俺に結果を電話する。もし万が一《ドロール》という単語で金庫が開かなければ、こちらで、ケッセルバッハくんと俺とで最終的に少々話し合うさ(nous arons, mon ami Rudolf Kesselbach et moi, un petit entreien suprême)ケッセルバッハ、もちろん嘘はついていないんだろう?」

 

17

連載版

「ボスはどうするんです?」

「俺か、残るよ。まったく! 怖がるなよ。どんな危険があるというんだ。なあ、ケッセルバッハ、きちんと指示したんだろう? 誰も待っちゃいないよな?

誰も!

「くそ、やけに食い気味に答えるじゃないか。あんた、時間を稼ごうとしていないか? だとすると俺が馬鹿みたいに罠に嵌められるんだろうか ……」

 男はしばらく考え込んだ。捕虜を見た。そしてこう結論をくだした。

「いや……ありえない……邪魔はされない」

 男がその言葉を言い終える前に、玄関のベルが鳴り響いた。

 男はその手で(la main)乱暴にルドルフ・ケッセルバッハの口を塞いだ。

 

1910年版・1921年版・1932年版

「ボスはどうするんです?」

「俺か、残るよ。まったく! 怖がるなよ。どんな危険があるというんだ。なあ、ケッセルバッハ、きちんと指示したんだろう?

ああ

「くそ、やけに食い気味に答えるじゃないか。あんた、時間を稼ごうとしていないか? だとすると俺が馬鹿みたいに罠に嵌められるんだろうか……」

 男はしばらく考え込んだ。捕虜を見た。そしてこう結論をくだした。

「いや……ありえない……邪魔はされない」

 男がその言葉を言い終える前に、玄関のベルが鳴り響いた。

 男は自身の手で(sa main)乱暴にルドルフ・ケッセルバッハの口を塞いだ。

 

19

連載版

「黙れ……でないと首を絞めるぞ(sinon, j'étrangle)。おい、マルコ、猿轡を噛ませろ、早く……よし」

 ふたたびベルが鳴った。男は声を張り上げた。まるで彼自身がルドルフ・ケッセルバッハであるかのように、エドワーズがまだそこにいるかのように。

「開けたまえ、エドワーズ」

 そう言うと男は静かに玄関へ移動し、声を低めて秘書と従僕を指差した。

「マルコ、寝室にこいつらを押し込むから手伝ってくれ……ここだ……見られないようにするんだ(de manière à ce qu'on ne puisse les voir.)

男が秘書を、マルコは従僕を運び出した(porta)

 

1910年版

「黙れ……でないと首を絞めるぞ(sinon, j'étrangle)。おい、マルコ、猿轡を噛ませろ、早く……よし」

 ふたたびベルが鳴った。男は声を張り上げた。まるで彼自身がルドルフ・ケッセルバッハであるかのように、エドワーズがまだそこにいるかのように。

「開けたまえ、エドワーズ」

 そう言うと男は静かに玄関へ移動し、声を低めて秘書と従僕を指差した。

「マルコ、寝室にこいつらを押し込むから手伝ってくれ……ここだ……見られないようにするんだ(de manière à ce qu'on ne puisse les voir.)

男が秘書を、マルコは従僕を運び出した(emporta)

 

1921年版・1932年版

「黙れ……でないとお前の首を絞めるぞ(je t'étrangle)。おい、マルコ、猿轡を噛ませろ、早く……よし」

 ふたたびベルが鳴った。男は声を張り上げた。まるで彼自身がルドルフ・ケッセルバッハであるかのように、エドワーズがまだそこにいるかのように。

「開けたまえ、エドワーズ」

 そう言うと男は静かに玄関へ移動し、声を低めて秘書と従僕を指差した。

「マルコ、寝室にこいつらを押し込むから手伝ってくれ……ここだ……見られないように(de manière qu'on ne puisse les voir)

男が秘書を、マルコは従僕を運び出した(emporta)

 

20

連載版

「ケッセルバッハさんのお部屋ですか?」

 男の目の前に一種の巨人が立っていた。はち切れそうな大きな体、生き生きとした瞳を持ったその訪問者は、足を交互に揺すりながら、帽子の縁を両手でいじっている。

 

1910年版・1921年版・1932年版

「ケッセルバッハさんのお部屋ですか?」そう尋ねられた。

 男の目の前に一種の巨人が立っていた。はち切れそうな大きな体、生き生きとした瞳を持ったその訪問者は、足を交互に揺すりながら、帽子の縁を両手でいじっている。

 

21

連載版

「まずいことになったぞ。保安部のグレルだ……ナイフを持て

 男はマルコの腕をつかんだ。

「いや、まだだ。考えがある。いいか、俺の言うことを理解しろよ、いいな、マルコ、次はお前の喋る番だ……ケッセルバッハになったつもりで喋るんだ……喋れ、マルコ、お前はケッセルバッハだ」

(中略)

沈黙が降りた。グレルは面食らい、わずかに不安を抱いたようだった。ポケットの奥で、ナイフの柄を握りしめた。不審な動作に、襲い掛かりそうになった。

 

1910年版・1921年版・1932年版

「まずいことになったぞ。保安部のグレルだ

 マルコがナイフを握った。男はマルコの腕をつかんだ。

馬鹿なことはやめろ! いいか、俺の言うことを理解しろよ、いいな、マルコ、次はお前の喋る番だ……ケッセルバッハになったつもりで喋るんだ……いいかい、マルコ、お前はケッセルバッハだ」

(中略)

沈黙が降りた。グレルは面食らい、わずかに不安を抱いたようだった。ポケットの奥で、拳を握りしめた。不審な動作に、襲い掛かりそうになった。

 

 概要

  • 連載版ではルパンがマルコにナイフを握るよう指示。単行本版ではマルコが自発的にナイフを握る。

 

22

連載版

「さすがですね、ボス。警察を騙すなんて!」

「急げ、マルコ、あいつを尾行しな。グレルがホテルを出たら尾行をやめて、手はずとおり例の待合所でジェロームを見つけるんだ(retrouve Jerôme aux omnibus, comme comvenu)……あとは電話しろよ」

 

1910年版・1921年

「さすがですね、ボス。警察を騙すなんて!」

「急げ、マルコ、あいつを尾行しな。グレルがホテルを出たら尾行をやめて、手はずのとおり例の待合所でジェロームを見つけるんだ(retrouve Jerôme aux omnibus, comme c'est comvenu)……あとは電話しろよ」

 

1932年版

「さすがですね、ボス。警察を騙すなんて!」

「急げ、マルコ、あいつを尾行しな。グレルがホテルを出たら尾行をやめて、手はずのとおりジェロームを見つけるんだ(retrouve Jerôme, comme comvenu)……あとは電話しろよ」

 

 

これで今回の分は終了です。